お宝

逗子なぎさホテルの思い出

数週間前、以前勤めた会社の家族をご招待して、狭い我が家で食事+飲み会をしました。総勢7名。

その時、逗子花火大会に呼んでくれた友達と、逗子の海岸へりにあったなぎさホテルの話になりました。私は子供のころと、学生のときに2度宿泊したことがありました。その話をすると、すごくうらやましがられたんです。

大正15年の創業の歴史を感じるホテルでした。子供のころに行ったのはたまたま、学生のときはユーミンがお気に入りだとの記事を読んだからでした。

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日光金谷ホテル、箱根の富士屋ホテル、横浜ニューグランドホテルと並ぶクラシックホテルのひとつでした。もう数十年も前のことですから、よくは覚えていないのが残念ですが、天井が高くて、各設備がゆったりしていたと言うこと。

そんななぎさホテルが知らない間に平成元年に取り壊されていました。

そんな話をして、ふと思い出したのが、確か実家になぎさホテルのマッチがあった。。ような気がする。。

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ほこりをかぶった勉強机の引き出しにしまってありました。ちょっと色が変わってしまっていますが、新品未使用(笑)のお宝です。

そうして、この週末に東京駅から鉄道博物館に行くのに乗った新幹線に備え付けの雑誌に、伊集院静のなぎさホテルにまつわるエッセイが載っていました。彼がなぎさホテルに長く滞在していたのは知っていましたが、もちろんどのようないきさつがあったのかは知りませんでした。

彼は周囲とうまく折り合いがつけられず、東京での生活に別離しようと駅に向かったのに、行く当てがない。路線図を見あげ、横須賀に向かう電車に乗り、瀬戸内海に育った伊集院静は関東の海を見ようと、逗子で途中下車したんだそうです。そこである老人と出会い、その人がなぎさホテルの支配人さんだった。

宿泊代が払えなくても、出世払いで結構、と笑っていらした。そうして、「気のすむまでここにいらっしゃればいい。ゆっくりしなさい」

それから7年余り、なぎさホテルで過ごしたんだそうです。

そのエッセイは、

小説をひとつ脱稿し、本が上がるたびにI支配人の笑顔を思い出し、逗子の海景を想う。そうして駅舎の、あの路線図を思い出す。

と結んでいました。

そんな遠い昔のことではないのに、そんなホテルがなくなってしまったことが、時々とても寂しくなります。

最初の写真はなぎさホテルの絵葉書ですが、リンクを貼ったHPからお借りしました。

週末なぎさホテルを想い、特にあてもなくネットで検索していたら、日本の古本屋で、このはがきが北海道の古書店で売りに出ているのを見つけました。早速注文。また、思い出のお宝が増えました!明日届くかな!




あきないれおです。

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転がりそうになって、外に手を出して、自分の体をささえています。ほとんど足浴です。
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